東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)101号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願意匠と引用意匠の要部の認定を誤り、かつ、両意匠の対比において両意匠の構成上の差異を看過した結果、本願意匠は、引用意匠に類似するとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、次に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張は、理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第一号証(本願意匠の意匠登録出願の願書及び添附図面)及び第二号証(昭和四七年八月二一日特許庁発行の意匠登録第三四九七三九号類似第一号の引用意匠の意匠公報)によれば、本願意匠は、昭和五四年九月一四日、意匠に係る物品を「フラツシユプレート」とし、昭和五四年意匠登録願第二二一九〇号の意匠を本意匠として類似意匠の意匠登録出願がされた別紙図面(一)に示すとおりの意匠であつて(この点は、当事者間に争いがない。)、その構成は、縁枠体の正面側の頂面内側に、適合プレートを装着したものにおいて、縁枠体は、側面を面取りして斜面とし、その上端を弧面とした細幅の縦長長方形状とし、適合プレートは、円形状の窓孔一個を中央に設け、表面を凹凸による斜め格子模様とし、全体を板状縦長長方形状としたうえ、縁枠内周縁部及び窓孔周縁部に余白部を形成したものであるのに対し、引用意匠は、本願意匠の意匠登録出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された、意匠に係る物品を「配線器具用フラツシユプレート」とする別紙図面(二)に示すとおりの意匠であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、その構成は、縁枠体の正面側の頂面内側に、適合プレートを装着したものにおいて、縁枠体は、側面を面取りして斜面とした細幅の縦長長方形状とし、適合プレートは、正方形に近い横長矩形の窓孔一個を中央に設け、表面を平坦面とし、全体を板状縦長長方形状としたものであることが認められるところ、右認定の両意匠の構成を対比すると、両意匠は、意匠に係る物品を同一とし、基本的形態を、縁枠体の正面側の頂面内側に、適合プレートを装着したものにおいて、縁枠体は、側面を面取りして斜面とした細幅の縦長長方形状とし、適合プレートは、窓孔一個を中央に設け、全体を板状縦長長方形状とした点において一致し、その余の構成において相違するものと認めることができる。
そこで、両意匠の類否について、以下検討することとする。
(一) 両意匠の相違点の一つである周縁余白部の有無について
本願意匠の縁枠内周縁及び窓孔周縁の余白部は、別紙図面(一)の正面図にみられるとおり、ごく細いものであつて、間近から注意して見ることによつてはじめて視認することができる程度のものであつて、両意匠を全体的に観察して対比した場合、両意匠の右の余白部の有無の差異は、特に看者の注意をひくほどのものではないから、両意匠の類否を左右するものとは認められない。なお、原告は、本件審決は、本願意匠の右の余白部の認定を看過している旨主張するが、両意匠の右の余白部の有無の差異は、右のとおり、両意匠の類否を左右するものとは認められないから、原告の右主張は、本件審決の結論に影響を及ぼさない事項についてその不当をいうものにすぎず、採用することができない。(二)両意匠の相違点の一つである側面の具体的態様の差異について 両意匠は、別紙図面(一)の左側面図及びA―A´断面図並びに別紙図面(二)の左側面図及びA―A断面図にみられるとおり、側面を面取りして斜面としているものであるところ、面取りした斜面の上端において、本願意匠では、弧面として形成しているのに対し、引用意匠では、弧面として形成していない差異があるが、斜面の大半が平面で形成されている点において共通し、右の差異は微細なものであるから、両意匠を全体的に観察して対比した場合、右の差異は、特に看者の注意をひくほどのものではないから、両意匠の類否を左右するものとは認められない。なお、原告は、本件審決は、両意匠の右の差異点に関する認定判断を看過している旨主張するが、その差異は、右のとおり、両意匠の類否を左右するものとは認められないから、原告の右主張も、本件審決の結論に影響を及ぼさない事項についてその不当をいうものにすぎず、採用の限りでない。(三)両意匠の相違点の一つである窓孔の形状の差異について 成立に争いのない甲第四号証(昭和三六年一一月六日特許庁発行の意匠登録第二〇一九九四号の意匠公報)、第五号証(昭和三七年九月二五日特許庁発行の意匠登録第二〇九七〇二号の意匠公報)、第六号証(昭和三七年九月二六日特許庁発行の意匠登録第二〇九七一一号の意匠公報)、第七号証(昭和四七年一二月八日特許庁発行の意匠登録第三五五九八九号の意匠公報)、第八号証(昭和五三年七月一四日特許庁発行の意匠登録第四七九七三九号の意匠公報)、第九号証(昭和五四年七月一八日特許庁発行の意匠登録第五〇六八六二号の意匠公報)、第一三号証(昭和三八年三月二九日特許庁発行の意匠登録第二一四六〇六号の意匠公報)、第一四号証(実公昭四二―一七二一四号実用新案公報)、第一五号証の一及び二(一九六八、九年度の松下電工の「ナシヨナル壁掛コンセント」のカタログ)、第一六号証の一ないし三(一九六六年度の中電機製作所の「ニユープレート」のカタログ)、第一七号証の一ないし三(一九六四年度のCIRCLE F MFG. CO.,の「CIRCLE F WALL PLATES」のカタログ)、第一八号証の一ないし四(一九六五年六月のSLATER ELECTRIC INC.,の「wall plates」のカタログ)並びに第一九号証の一ないし三(一九六七年一月一〇日東陽通商株式会社受入れのGENERAL ELECTRICのTECHNICIANS MANUAL)によれば、両意匠の窓孔の形状は、いずれも本願意匠の意匠登録出願前から広く知られた普通の形状であつて、この種物品の使用に際しては、挿込みソケツト部の形状に合致したものとして選択されるものと認められるから、両意匠を全体的に観察して対比した場合、両意匠の窓孔の形状の差異は、この種物品の意匠の類否を判断するうえにおいてその性質上重要な要素となるものではなく、格別看者の注意をひくものとはいえず、したがつて、両意匠の類否を左右するものとは認められない。原告は、両意匠の窓孔の形状は相違しているのに、本件審決は、両者はほぼ一致しているとの誤つた判断をしている旨主張するが、両意匠の窓孔の形状の差異は、右のとおり、両意匠の類否を左右するものとは認められないから、原告の右主張もまた、本件審決の結論に影響を及ぼさない事項についてその不当をいうものにすぎず、採用するに由ないものといわざるを得ない。なお、原告は、本件審決は、両意匠の窓孔の位置の認定を誤つている旨主張するが、前記本件審決理由の要点によれば、本件審決は、両意匠の窓孔の位置について、長方形状とした適合プレートの中央に被告主張の構成態様で配設されている旨認定したものと解せられ、右認定は正当であるから、原告の右主張は、採用するに値しないものといわなければならない。(四)両意匠の相違点の一つである模様の有無について 本願意匠の表面模様は、別紙図面(一)中、C―C、C´―C´で囲まれた部分のBーB´一部拡大断面図のとおりの凹凸により、C―C、C´―C´、D―D、D´―D´で囲まれた部分拡大図のとおりに斜め格子状に形成された模様であるところ、成立に争いのない甲第一一号証(一九八一年一一月一〇日三省堂発行のコンサイス外来語辞典第三版第四〇二頁)及び第一二号証(昭和五二年六月六日淡交社発行の「原色染織大辞典」第六三五頁ないし第六三八頁)並びに乙第一号証の一ないし四(一九八四年五月三一日岩崎美術社発行の岩崎治子著「日本の意匠事典」第二六頁、第二七頁、第二八四頁及び第二八五頁)、第二号証の一ないし四(昭和五三年三月三〇日光琳社出版発行の吉田光邦外三名著「別冊日本の文様3 縞・格子」第三一頁)及び第三号証の一ないし四(昭和五一年二月五日泰流社発行の「縞・唐桟 限りない美を生む粋な織物」第二〇二頁ないし第二〇七頁、第二一〇頁及び第二一一頁)を総合すると、格子模様又は格子縞といわれるものには、古くからスコツトランド地方において氏族や階級などを識別するために用いられ、一九四九年に公表されて以来、各国において広く服地に用いられるようになつて普及した「タータン」(タータンチエツク及びタータンプレード等)といわれる碁盤目のような細かい格子模様及び大きな構成の格子縞並びに古くから着物地に用いられてきた「微塵格子」(経緯それぞれ二本(一羽)の縞糸で織つた細かい格子縞)、「味噌漉縞」(味噌漉の網目に似たもので、微塵格子のような細かい経緯縞を地とし、ところどころに太い格子縞を配したもの)、「翁格子」(タータンチエツクに似て、太い格子の中に細かい格子を沢山入れたもの)、「三枡格子」(三枡文から発展させたもので、三筋格子ともいわれるもの)、「六弥太格子」(三枡格子に工夫を加えた文様)などがあることが認められるところであつて、本願意匠の表面模様は、右の格子模様又は格子縞といわれるものとは、具体的な細部の構成においては相違するが、格子模様ないしは格子縞としての共通性を有するものであるから、特に看者の注意をひくような模様とは認められず、しかも、別紙図面(一)中、正面図は、本願意匠に係る物品の通常の大きさに表されている(この点は、原告の明らかに争わないところである。)ところ、右の正面図に示されているように、本願意匠の表面模様は、線条が多数本狭い間隔で交錯して表された極めて細かい格子模様であつて、前掲乙第三号証の一ないし四(「藍微塵」の項)からも認められるとおり、遠目には無地のように見えるものであるから、本願意匠に係る物品を手に取つて見ればとも角、成立に争いのない乙第五号証の一ないし五(昭和五五年四月一日原告発行の「材器A―一三 ―東芝電設資材―」のカタログ)から認められる、この種物品の使用態様を示したカタログによつて見るようなときには、明瞭に模様とは認められず、したがつて、取引の実情のもとにおいて、両意匠を全体的に観察して対比した場合、表面模様の有無の差異は、視覚に訴えるところは稀薄で、看者の格別の注意をひくものとはいい難く、これが両意匠の類否を左右するものとは到底認めることができない。原告は、本願意匠には表面に凹凸模様があるのに、本件審決は、表面は平坦面であるとの誤つた認定をした旨主張するところ、本願意匠の構成に関する前認定の事実によると、本願意匠の表面には凹凸による格子模様が形成されているものであるが、右の模様は、取引の実情のもとにおいては、視覚的効果が稀薄で、明瞭には模様と認められない程度のものであるから、本件審決が本願意匠の表面に凹凸があることを認定せず、平坦面である旨認定したことをもつて、あながち誤りと断ずることはできず、また、この点が本件審決の結論に影響を及ぼすものともいうを得ない。したがつて、原告の右主張も、採用の限りでない。また、原告は、本願意匠の凹凸模様は視覚的効果が高いものである旨主張するが、本願意匠の表面模様は、前叙のとおり視覚的効果が高いものとは認められないから、原告の右主張も、採用することができない。更に、原告は、本願意匠は、正面の大部分を占める極めて広い面積に、新規な創作性の高い模様がレリーフ状に表されており、かつ、この模様は、その主張の額縁効果により強く印象づけられている旨主張するが、前認定のとおり、本件において、表面模様の有無の差異が、両意匠の類否を左右するものでない以上、原告の右主張は、模様の創作性やその主張の額縁効果等を論ずるまでもなく、採用するに値しない。更にまた、原告は、本願意匠に係る物品は、その取引の実情のもとにおいては、手に取つて見るなど極めて間近で意匠を認識するものである旨主張するところ、そのような場合のあることは、否定し難いところであるが、この場合においても、前叙のとおり本願意匠の表面模様は看者の格別の注意をひくような模様ではなく、また、この種物品の使用態様を示したカタログ等を見てこの種物品の取引が行われる場合も多いところ、その場合には、本願意匠の表面模様は、明瞭に模様と認め難いことは、前説示のとおりであるから、原告の右主張は、採用するに由ないものである。なお、原告は、この種物品にはスイツチ部にネームカードが貼布されるものであり、それに記載された「玄関」等の文字の大きさからみて、この種物品の通常の使用態様においては、本願意匠の表面模様の具体的態様は、顕著に表出されているものである旨主張する。しかし、原告主張のネームカードは、スイツチ部に貼布されるものであるところ、これを貼布する目的からみて、スイツチを操作する時点においては、当然その部分にのみ操作者の注意が向けられ、これを視認することができるが、それ以外の場合においては、看者の注意は右部分以外に向けられ、これを視認し得るものとは認め難いから、右ネームカードの例から本願意匠の表面模様が顕著であるということはできず、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。
そうであるとすれば、原告が本願意匠と引用意匠との相違点として主張する諸点は、いずれも意匠全体としての審美的観点からみれば、微差か、あるいは無視されるべき程度のものというほかない。そして、両意匠を全体的に対比観察するとき、両意匠の相違点は、前説示の理由からすべて看者の視覚から後退し、右の両意匠の共通点をなす前認定の基本的形態、すなわち、縁枠体の正面側の頂面内側に、適合プレートを装着したものにおいて、縁枠体は、側面を面取りして斜面とした細幅の縦長長方形状とし、適合プレートは、窓孔を中央に設け、全体を板状縦長長方形状とした構成が最も看者の注意をひく特徴的な形状として印象づけられ、両意匠の要部をなすものと認めるのを相当とし(この認定を覆すに足りる証拠はない。)、したがつて、両意匠は、互いにその美感において類似するものというべきである。原告は、両意匠の右共通点をなす構成は、本願意匠の意匠登録出願前周知であり、特徴的な形状といい得ない等主張するが、前段説示のとおり、両意匠を全体的に対比観察するとき、右共通点をなす構成が看者の注意を最もひくところである以上、たとい、両意匠の右共通点をなす構成が周知であつても、このことは、何ら前示判断を左右するものということはできず、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。なお、原告は、本件審決の取消事由として、以上に判断を示したもののほかにもるる主張するところ、その主張は、いずれも、前認定説示に照らし、理由がないか、又は独自の見解に基づくものであつて、到底採用するに由ない。
(結語)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本件の特許庁における手続の経緯および審決理由の要点は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五四年九月一四日、意匠に係る物品を「フラツシユプレート」とする別紙図面(一)の意匠(以下「本願意匠」という。)について、昭和五四年意匠登録願第二二一九〇号の意匠を本意匠とする類似意匠登録出願(昭和五四年意匠登録願第三八四五〇号)をしたところ、昭和五七年九月一七日付発送をもつて拒絶査定を受けたので、同年一〇月一三日、これに対する不服の審判を請求した(昭和五七年審判第二〇八一〇号事件)が、昭和六〇年五月一七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年六月五日原告に送達された。
二 本件審決理由の要点
本願意匠は、意匠に係る部品を「フラツシユプレート」とし、形態を別紙図面(一)に記載したとおりとしたものであり、その要旨は、以下に述べるとおりである。基本的構成態様は、側面を面取りして斜面とした四角形状の縁枠体において、正面側の頂面内側に、やや小さい円形状とした窓孔一個を中央に設け表面を平坦面とし、全体を板状長方形状とした適合プレートを装着したものとしている。具体的構成態様は、適合プレートに設けた窓孔の位置について、窓孔縁から縁枠体までの距離を縦横それぞれ等距離として中央に一個配設したものとし、適合プレートの表面について、全体にきめの細かい斜めの格子模様をかすかに表したものとしている。
〔編註その二〕 本件に開する意匠は左のとおりである。
別紙図面 (一)
<省略>
別紙図面 (二)
<省略>